① 何が起きた?
駐車場の入口で、前の車がゲートが開いているのに気づかないまま駐車カードを探し続け、なかなか進まないことに苛立ち、クラクションを鳴らして知らせました。その後も前の車はゆっくり進み、「もしかしてわざとゆっくり走っているのではないか」と思い始め、駐車を終えたあとも「相手を怒らせたのではないか」「このあと何かしてくるのではないか」と考え、車のカメラを起動させて相手の様子を気にし続けました。実際には何も起きていませんでした。
② 当時どう感じた?
最初の出来事は「前の車がなかなか進まなかった」というだけの単純なことでした。それなのに、頭の中ではクラクションへの怒り、こちらへの報復といった先の展開を次々と想像し、その予測を本当に起こることのように感じていました。
③ なぜそうなったのか?
事実として分かっていたのは「前の車がゆっくり進んだ」「クラクションを鳴らした」ということだけでした。一方、「相手は怒っている」「わざとゆっくり走っている」「駐車後に何かされる」というのは、自分がそこから作った仮説にすぎませんでした。それなのに、まだ起きていない未来に対して警戒し続けていました。
④ そこから何に気づいた?
「ゲートに気づかなかった」からといって判断力が低下しているとは限らず、「運転がゆっくりだった」からといって嫌がらせとも限らず、年齢だけで個人の運転能力を判断することもできません。仕事でも、苦情を受けると「また問題になるのではないか」と先の展開を考えすぎることがありました。危険を予測すること自体は悪いことではありませんが、警戒することと、起きていないことを現実のように感じることは違うのだと気づきました。
⑤ 今ならどうする?
今なら、気になる出来事が起きたときに、「事実は何か」「自分が付け加えた解釈は何か」「その未来が起こる根拠はあるか」を分けて考えます。危険が実際に存在するなら対応しますが、まだ何も起きていないなら「そうなる可能性もあるが、そうならない可能性もある」くらいに留めておきます。