① 何が起きた?
今、私は子どもを育てる立場にいます。子どもが遊んでいる姿を見ていると、自分が子どもだったころのことを思い出します。
私は、家庭環境の影響もあり、遊ぶことを否定されたり、周囲に心配をかけたりすることがありました。また、身近な大人の人間関係を見ている中で、相手の都合や機嫌をうかがうことを、自然と身につけていったのかもしれません。
いつの間にか、自分がどうしたいかよりも、周囲がどう思うかを優先するようになっていました。相手に迷惑をかけないようにする。相手を不機嫌にさせないようにする。自分の気持ちよりも、周囲の気持ちを優先する。こうした振る舞いは、一般的には「いい人」と評価されることもあります。
② 当時どう感じた?
しかし、ふと思いました。自分は本当に、いい人なのだろうか。
それとも、周囲の顔色をうかがわなければならない環境の中で、そう振る舞うことを覚えただけなのだろうか。
③ なぜそうなったのか?
子どもは、言葉を理解し始めると、親の言葉や態度から、何をすると褒められるのか、何をすると怒られるのか、どんな行動が周囲を困らせるのかを学んでいきます。そうした経験を積み重ねるうちに、自分の行動を判断する基準ができていきます。
本来、遊びは子どもにとって大切な活動です。遊びながら興味を持ち、試行錯誤し、自分の好きなことや嫌いなことを知っていきます。しかし、遊ぶことを否定されたり、自分の行動で親が心配したり不機嫌になったりする経験が続けば、子どもは別のことを学ぶかもしれません。それは、遊び方ではなく、周囲の機嫌の取り方です。
もちろん、親にも事情があります。子どもを心配することもあれば、生活上の都合から行動を制限しなければならないこともあります。ただ、子どもにとって親は、自分の生活を支える存在です。親の言葉や態度が子どもに与える影響は大きく、子どもが自分の意思だけで環境を変えることは難しい。周囲に合わせることが、安全に過ごすための方法になる場合もあります。
そう考えると、私が周囲の顔色をうかがうようになった背景には、生まれ持った性格だけでなく、育った家庭環境も関係していたのかもしれません。ただし、これはあくまで私の考えで、実際に何がどの程度影響していたのかは分かりません。生まれ持った気質や、学校での経験、友人関係、成長してからの職場環境など、さまざまな要因が関係している可能性もあります。
④ そこから何に気づいた?
自分が子どもを育てる立場になったことで、子どものころの自分を、以前とは違う視点から見られるようになりました。親の立場になれば、危険なことはしてほしくない、家の中を散らかしてほしくない、言うことを聞いてほしいと思う場面があります。その気持ちを押しつけ続ければ、子どもは自分のやりたいことよりも、親が望む行動を優先するようになるかもしれません。そしてその行動は、周囲から「聞き分けがいい」「手がかからない」「いい子」と評価されるかもしれません。
ここで、一つの疑問が生まれました。周囲にとって都合のいい人と、自分の意思を持った人は、同じなのでしょうか。
相手を思いやることと、相手の機嫌を損ねないように行動することは違います。前者は、自分の意思で相手を大切にすること。後者は、自分の意思を抑えてでも相手に合わせようとすること。外から見れば似た行動でも、その内側にある気持ちは違うのかもしれません。自分が「いい人」であろうとしてきた背景には、優しさだけではなく、周囲との関係を悪くしないための工夫もあったのではないでしょうか。
一方で、周囲に気を配ること自体が悪いわけではありません。相手の気持ちを想像する力は、人間関係を築くうえで役立ちます。問題は、気を配ることそのものではなく、自分の気持ちを無視してまで相手に合わせてしまうことなのかもしれません。大切なのは、過去の家庭環境だけを原因と決めつけることでも、親を責めることでもなく、どのような経験を通じて今の考え方を身につけてきたのかを振り返り、これからどう生きたいのかを考えることだと思います。
⑤ 今ならどうする?
子どもに対しては、「いい子」にしようとしすぎないことを意識したいと思っています。親の言うことを聞く、周囲に迷惑をかけない、大人の期待どおりに行動する。社会生活を送るうえで必要なルールはあり、危険な行動を止めることも、他人を傷つけないように教えることも大切です。それでも、親の都合に合わせて行動することだけを求めたくはありません。
子どもが何に興味を持つのか、何をしているときに楽しそうなのか、何を嫌だと感じるのか。そうした気持ちを、できるだけ尊重していきたいです。親の思いどおりに動かないときも、すぐに否定せず、なぜそうしたいのかを考えてみます。私自身も余裕がなくなれば、子どもに言うことを聞いてほしいと思うでしょう。だからこそ、完璧な親になろうとするのではなく、子どもの自主性を尊重できているか、ときどき振り返ってみたいです。
そして、自分自身にも同じことを試します。相手に合わせる前に、自分はどうしたいのかを考える。断りたいときには、無理に引き受けない。相手の機嫌が悪くなったとしても、それだけで自分が悪い人間になったわけではないと考えてみる。誰かにとって都合のいい人であることよりも、自分の意思を持ちながら、相手も尊重できる人でありたいと思います。